見られてないぜ!
っと、いい気分で書き始めようとしたらカスペルスキーが毎度、「証明書が信用できません」なんたらとメッセージボックスを出して来て接続を進めない。
なんとかこのメッセージを無効にできないものか.....
ブログにアフィを進めて来た社内の人間が(同僚と言えないのが難しい関係性)
"Novaさんアフィめっちゃいいすよ〜ぽられてお金がっぽがっぽっすよ〜”
なんてこと言うからしめしめ、うまうまを夢を見ながらはてなブログを開いたけど、ま、残念に0で心が折れるわー。
とはいってもこのキーボードをポチる打鍵の一つ一つが明日か明後日か10年後かのお金を生み出すと信じて今日もかく。そのうちアフィも貼るようにしないとな。
いまはブログを書く癖つけということで続けましょう。
そいつによれば66日間我慢すれば習慣化しているということ。つまりは無駄でも無意味なことでもない!
....ということはこっそりするおならや鼻ほじりなんかもとっくに習慣化してしまっているってことか。。。
こりゃお行儀が悪いまま大人になってしまうわけだ!
さておき、
今日は普段からよく呑みいくやつといつものサシ飲みであった。
口実としては、こないだ行って来た土産を渡すついでにのもーかね、ということであった。
そいつによれは社内には”お、こいつについていきたい”と思える人材が全然いない、ということであった。
実はこれについてはおれも思わないわけではなく、前々から、、、それも入社してからずっと感じていたことではあった
一体自分は誰から学んでいるのだろうか?
元々ベンチャーであったうちは社員数をのばしながらも”ベンチャー”でありたい姿勢を崩したがらない。
上の人間がかなり癖が強い人が多い、これもそいつがいったことだが、いちいち同意してしまう自分がいて、反射的に反論したいと思わなかったのだ。
外にはいるのだろうか、会社の中には尊敬して、そいつについて行きたい!とみな思いながら仕事をしているのだろうか.......数年ぶりの豚ホルモンの串を食べながら考えこんでしまった。
このままうちの会社に居続けることに問題はないのだろうか?将来は?この業界に未来は?うちの会社の経営状態は実際のところどうなのだろうか?把握しているのがほんのわずかな上層部だけで、俺もふくめ会社が上向いているのか下向いているのかなんて実は知らない!わからないままよかれと仕事をしているのだ!
ちょうどエレカシが流れて来たので、”くだらねぇ”と一笑してしまって見る。。。が、
なぜか水に流しきれない自分の現状についての今日この頃。
数年前、もう数十年前から”これでいいのか”という問いに答えは見いだせない.
いや、”ここでいいのか”という問いに正解を見いだしてはいない.
正解を見いだせない自分に体調を崩してしまったりネガティブが心に張り付いたことがよくあった。今は幸いそんな状態は薄れつつある。
そしたらふっと思い出す、老人ホームにいる祖母の事、父母姉、そして妻、息子のこと。
問うことをやめるか?それも違うと思う、そして否定は問うことをやめることよりもしてはいけないことだと反射的に感じている。
そしてここ数年、この問いの回答になじむ言葉が浮かぶことがある
”たまには 自分を 許してあげて”
すっと 体に染みて目頭に熱い柔らかさを感じる そんなときがある